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 君に、千年咲く桜

 ざぁ、と。
 風が吹く。
 それは、海に眠る悲しい潮騒のように。
 それは、砂漠を渡る鳥たちの羽音のように。
 
 ざぁ、と。
 風が吹く。
 それは、冬に冴える空気を縫い合わせるかのごとく。
 それは、夜に響く星明かりを編み上げるかのごとく。
 
 風が、吹く。
 そして千年咲く桜の、花びらが散り、散り……舞う。
 それが、願いであるように。
 それが、さだめであるように。
 
 『――きみ、に』
 
 ざぁ、と。
 風が止まない。
 
 『約束の、通りに』
 
 ざぁ、ざぁ、と。
 
 『  を、贈るよ』
 
 ざぁ……ざぁ、と。
 吹く、それは。
 果たして本当に、風、なのか。
 
 『――愛、して……る』
 
 ざぁ、と。
 風が吹く。
 そして、千年咲く、桜が。
 
 
 **********
 
 
 あの事件のことを話せ、ですか。いったい、なにを勘違いしてらっしゃるのかは知りませんが、私は当事者ではないのですよ? 私は、最後まで彼と彼女の傍観者でした。積極的に関わろうとも思っていませんでした。見ていただけ、とも言います。……だったらなぜ、あの場にいたのか、ね。今言ったばかりでしょう。私は傍観者です。見ていただけのものです。見ていて欲しいと言われたから、居たのです。
 最初から最後まで。事件が始まった最初から、最後まで。私は見ていました。彼と……そう、表していいのならば『彼』と、朱鷺(とき) のことを。私の無二の親友である、彼女のことを。私は見ていました。ずっとずっと見ていました。だって私は傍観者ですから。決して当事者にはなれない、なるつもりのない者でしたから。今も、なりたいなんて思っていません。
 
 だってあの  は――。
 
 は? 聞こえなかった? 貴方がたね、ふざけないでください。私は健全な一学生であり、その本分というのは勉強にあるのです。よって、今すぐこんな事情聴取なんぞほっぽりだして、教室に戻って授業を受けたいのが本音である訳なのですよ。その辺り、お分かりか? 警察の方々。つまり私が言いたいのは、一言一句聞き逃すな、そして時間を無駄にするな、ということです。
 人生には限りがありますから、私が最も嫌悪することと言えば、その時間の浪費なのですよ。お分かりか? ……よろしい。ではもう一度。もう一度だけ、言いましょう。それこそがこの事件の本質であり、そして原因となるもの。『彼』と朱鷺の起こした事件……事件と言う表し方は違いますけれどね、私からしてみれば。だって事件というのは、争い・犯罪・騒ぎ・事故など、人々の関心をひく出来事、のことですよ?
 誰も争ってやいませんでした。騒ぎにはなったかも知れませんが、事故も起こりはしなかったでしょう。犯罪など言語道断ですよ、馬鹿らしい。……関心をひかれるかひかれないかなど、個人的な趣味の問題であって、心底どうでもいい人間もごまんと居るでしょうね。すなわち、事件ではないという結論に達するのですが、その辺りどうでしょう、警察の方々?
 ……話がずれましたね、戻しましょう。あの  は、『彼』が朱鷺の為だけに編み上げたもの。『彼』が朱鷺の為だけに生み出したもの。『彼』が朱鷺の為だけに……作り上げたもの。なんともロマンチックじゃないですか! そう思うでしょう? そう、思うでしょう? 聞こえなかったのなら、それはきっと『彼』が聞かせたくないだけなのでしょう。諦めてください。
 『彼』の  は、そういうものです。誰も手出しが出来ません。出来るとしたら、朱鷺だけだったでしょう。朱鷺の為だけの  。そう、  なのですから! 私たちの使う  を、甘く見てはいけません。……は? あれ、知りませんでした? 私、言いませんでしたでしょうか。そうですよ、私と『彼』は同じなんです。あいにくと私は生粋の人間、という点で『彼』と異なりますが、分類わけしてしまえば同じもの、になるんです。
 私たちは『  使い』。ウィッチ、ウィッカ、ウィザード、と。そんな風に呼ばれることもあります。
 
 ――魔法。
 
 あ、今度は聞こえました? そう、私たちは『魔法使い』なんです。だから。……だから、今回のことは、全て。『彼』が朱鷺の為に。朱鷺の為に朱鷺の為に朱鷺の為に朱鷺の為に……ただ、ただひたすら朱鷺の為に、為だけに。編み上げ、生み出し、作り上げた。魔法、なんですよ。聞こえましたね?
 
 ――魔法。そう。魔法です。
 
 
 **********
 
 
 ことの始まりを簡単に言うと。ある引き篭もり魔法使いが、恋をしたことにあります。貴方がたが、私たち魔法使いに対して持っているイメージと言うのは……ああ、言わなくていいですよ、大体分かってますから。呪うとか、大きな釜でなにか煮てるとか、黒猫連れてるとか、箒で空を飛ぶとか、三角帽子かぶってるとか、そんなでしょう? やめて欲しいんですよね、そのイメージ。
 ごくごく一部の変態のせいで、私たちに対するイメージの偏見ったら、我慢が出来ません! 私は呪うのなんかやったことありませんよ、めんどくさいから。釜で煮るのだってせいぜい野菜くらいですし、私は犬派なんです。箒は廊下を掃く為の道具ですし、三角帽子なんてクリスマスで浮かれた会社員がかぶるものでしょう。つまりね、全然一般的じゃないってことです。
 虎柄のパンツはいた鬼が居ないのと一緒ですよ。たった一つ合っていることがあるとするなら、それは魔法を使うという点、それだけ。それだけです。だから、そのせい、なんですよ。魔法使いに引き篭もりが多いのは。まあ、ね、今のご時勢、自ら『魔法使い』です、なんて名乗る究極のアホは居ないと思いますが。……必要以上に、ということですよ。吹聴して回る、という意味で名乗る、ということですからね。
 私は、違いますからね。……ともあれ! 貴方がたの偏見のせいで、私たちは外に出にくいんです。名乗らなければいい、とは思いますけれど、それはそれ、気分の問題でしょう。自分たちがそう思われている世界に、のこのこ出かけていきたくはないんです。私のように積極的に外に出て生活している魔法使いなど、二十人いないと思いますよ。現存する魔法使いは千とも万とも言われているのに、です。
 ……正確な数は分からないんです。引き篭もりが多いですから。さてその内の一人。私の知り合いの一人である馬鹿、もとい『彼』の話をしましょうか。『彼』はね、偉大なる魔法使いの一人でした。引き篭もりでし……なにか引き篭もりに恨みでもあるのか、ですって? ありますよ。私、そういうの好きじゃないんです。ハッキリ嫌いと言っても、まあいいでしょう。私は家の中に居ることが好きではないのです。
 家の中は変化がありません。とても穏やかで守られていて、平穏無事な日常がずーっと続いていきます。それは、まあ研究だの新しい魔法を作るだの、薬草で薬を調合するだのと? やること、と言えばたくさんありますけどね。好きじゃないんです、そういう地味なの。私は変化を好みます。私は波乱万丈が大好きです。だから私は家の外に出て、普通に学校に通って勉強に勤しんでいるわけです。
 中々スリリングで楽しいですよ。学校生活、というものはね。――また、話がずれました。失礼を申し訳ありません。私はよくしゃべりすぎると言われるくらいで。……言っておきますが、おしゃべりは時間の浪費ではないですからね? さて、『彼』のことです。『彼』は私とは全く性格の違う存在でした。変化ではなく、穏やかな日常を好むような変わり者でした。私からすれば、変人と言ってもいいくらいです。
 そんな『彼』ですが、あれは……いつの、頃だったかな。突然、電話がかかってきたんです。魔法使いだって電話くらい使いますよ? 家にはちゃぁんと電話があるし、電波だってバッチリです。何時代の遺物だと勘違いしてるのかは知りませんが、現代社会で電話が通じていない所に、引き篭もりが住めるものですか。
 さあ、電話の話です。内容を簡単に言うと、好きな人が出来たんだけどどうしたらいいか分からないから、相談に乗ってくれないか、と。まあ、そういうことでした。馬鹿じゃないかと思いましたね。人の恋路に首を突っ込むと言うのは、それだけで時間の浪費だと私は定義しているからです。大体が……あ、時期を思い出しました。中間テストの前ですから、二ヶ月ほど前のことになりますね。
 今から二ヶ月前、その引き篭もり魔法使い、こと『彼』は恋をしたのだそうです。恋をして、しまったのだそうです。ある少女に。
 
 そう。朱鷺に。
 
 
 **********
 
 
 すこし、朱鷺のことを話しましょうか。それからのほうが説明がしやすいと思いますから。朱鷺は、自由な少女でした。ぴんと背を伸ばして歩く、のびやかで自由な少女でした。自信に満ち溢れ、迷うことなど決してしないような少女でした。私は朱鷺のことが好きでした。とてもとても、好きでした。私たちは出会ってすぐに親友と呼べる間柄になりました。私はだから、朱鷺のことを沢山知っていました。
 たとえば誕生日や血液型、好きなものや嫌いなもの、身長だって体重だって……朱鷺がごまかしていなければ、正確な数値を知っていました。好きな色や嫌いな色や、興味があること、興味がないこと。……言い尽くせない程、沢山、沢山知っていました。だから、それこそ心臓が止まるくらいの衝撃でした。ある日ね、朱鷺が言ったんです。
 
 ――好きな人が出来たの、と。
 
 両想いよ、おめでとう、なんて。言えるものですか。どんな茶番劇かというのが、私の第一感想でした。そう、朱鷺が好きになったのは『彼』で。『彼』が好きになったのは、朱鷺だったのです。……その時まで私は、朱鷺に自分が魔法使いである、という事を明かしてはいませんでした。偏見を持たれるのが、頭が変だと思われるのが……嫌いに、なられるのが、我慢できなかったんです。
 だから決して明かすつもりなどありませんでした。けれど。
 
 ――けれど。
 
 私は、朱鷺に自分が魔法使いであることを話しました。そして『彼』も、魔法使いであるのだということを、話しました。朱鷺はすこしばかり……いいえ、すごく、すごく驚いて、混乱して……信じて、くれました。受け入れてくれました。私が恐れていたどんな拒絶もせずに、そうだったんだ、と微笑んでくれました。私がどれ程嬉しかったかなんて、貴方がたには分からないでしょうね。
 喜んでばかり居られなかったのが、現実ではあるのですが。魔法使いと言うのはね、非常に恋がしにくいんですよ! 機会に恵まれない、というのもそうなのですが、具体的にいえば恋の相手として『許されている』種族が少ないんです。そして『許されている』種族の中に、人間は含まれて居ません。だって……よく考えれば、それって当たり前のことなんです。
 魔女狩り、ご存知ですよね? 歴史的にも有名なことですから、言葉くらいは聞いたこと、あるんじゃないでしょうか。魔女狩り。……魔法使いたちが引き篭もりになったのは、そのせい、でもありますね。誰だって、殺されたくはないでしょう? そういうことです。かつて同胞を虐殺した者たちと、血を交えるな、と。そういうことです。人間と魔法使いは、そもそもが別種族なのですから。
 
 ……あのねぇ。人間と同じ身体構造やら外見であるからと言って、同じ人間だと思うのは大間違いなんですからね?
 
 さて。ですからね、魔法使いは人間に恋が出来ないんです。やろうと思えば出来ますが、成就しないと言うのが正しいでしょうか。決して成就しないことが決まっている恋ほど、不毛なものはありません。だから、私は朱鷺を止めました。説明して説得して、朱鷺に諦めるようにと言いました。『彼』にも、同じように言いました。――思えば、それがいけなかったのかも知れません。
 親しい人に反対されるほど、恋って燃えるものでしょう? いわゆるロミオとジュリエット効果、というやつです。けれどまあ、一番の理由は、そんな茶化したものではなくて。互いに本気だったから、なのでしょうね。二人は本気でした。本当に、恋をしていました。だから『彼』は、朱鷺の為に。朱鷺の為だけに、一世一代の大魔法を作り上げたのですよ。愛の成せる技、ですね。
 そしてそれこそ、貴方がたが『少女失踪事件』として追っているものの原因であり、理由ですよ。失踪というか、世間ではどうも神隠し、と言われているようですが。まあ、あれだけ派手に人がいる所で姿を消したのであれば、そう言われるのも仕方ないかと思いますけれど。朱鷺はね、姿を『消した』んです。あの人ごみの中で、『彼』に手をひかれて。すぅ、と煙が空気に溶け込んでしまうように。
 ふっ……と姿を途絶えさせたんです。私はそれを見ていました。ただ、朱鷺の姿が消えるのを見ていました。別に危険ではないと分かっていましたし、何度もいっているように私は傍観者ですから。私は、朱鷺を見送りました。止めませんでした。また出会えると、知っていたから。もっとも、彼の魔法が成功すれば、ですけれど。
 ――分かりません? 『彼』が魔法で、なにをしたのか。さらった、とか馬鹿なことを言わないでくださいね。見当違いも良い所ですから。 『彼』は……『彼』はね。朱鷺を愛していた。そして朱鷺も、『彼』のことを愛していた。ここで邪魔になるのが、魔法使いの恋の条件なんです。恋を『許されている』種族のこと。――まだ、分かりません? つまりね、朱鷺が人でなくなればいい訳なんですよ!
 ……なにを怒ってるのか理解できないのですが。酷い、ってどういうことです? 別にそれは『彼』が望んだことではなく、どちらかと言えば朱鷺の意思なんですよ。朱鷺は『彼』と共にある為、人であることを捨てたいと望んだ。そして『彼』はそれに答え、朱鷺が人でなくなる為の魔法を作り上げ、実行した。その実行現場を目撃されたのが、今回の消失事件ですね。
 目立たないようにやれとは言っておいたのですが、『彼』はあいにく、人の話をあまり聞いてはくれないので。授業中に迎えに来るだなんて、どういう神経してるんでしょう。それこそ帰り道に朱鷺が一人になったら、とか、部屋に一人でいる時とか、あるでしょうに。……まあ、待ちきれなかったんでしょうね。微笑ましく人騒がせなんですから。
 私がお話できるのは、これくらいです。必死の捜査申し訳ありませんが、朱鷺は戻ってきませんよ、と。結論はそれくらいです。では、失礼しますね。健全な学生らしく、授業を受けたいので。
 
 ――どんな魔法なのか、ですか?
 
 そうですね。千年後、またここにいらっしゃい。そうすれば答え、分かりますよ。……千年も生きてられないって? おや、それは残念。じゃあ、諦めてください。あいにくと、私は生きていますから、あなたの代わりに見ておいてあげますよ。魔法使い、ですからね。では、失礼します。さようなら。
 
 
 **********
 
 
 ざぁ、と。
 風が吹く。
 それは、海に眠る悲しい潮騒のように。
 それは、砂漠を渡る鳥たちの羽音のように。
 
 ざぁ、と。
 風が吹く。
 それは、冬に冴える空気を縫い合わせるかのごとく。
 それは、夜に響く星の明かりを編み上げるかのごとく。
 
 風が、吹く。
 そして千年咲く桜の、花びらが散り、散り……舞う。
 それが、願いであるように。
 それが、さだめであるように。
 
 『――きみ、に』
 
 ざぁ、と。
 風が止まない。
 
 『約束の、通りに』
 
 ざぁ、ざぁ、と。
 
 『魔法を、贈るよ』
 
 ざぁ……ざぁ、と。
 吹く、それは。
 果たして本当に、風、なのか。
 
 『――愛、して……る』
 
 ざぁ、と。風が吹く。
 そして千年咲く桜は、朱鷺色に染まる花びらを嬉しげに散らして、喜んだ。風に舞う花びらは、やがて透き通る少女の姿となって。言葉を捧げていた青年の手を取り、微笑んで。そして二人は、何処へと歩いていった。そんな二人を、傍観者だけが――魔法使いの少女だけが、見守っていた。

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