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*ツイッター上でリライト企画というのを目にしたのでやってみました。とある作品を自分なりに書き変えてみよう! というものです。この題材とストーリーラインを自分ならどう書くか、という観点で書かせて頂きました。文章は自分なりに元作品を一生懸命模倣したつもり……です。
 元作品は梅原タロさんの『日曜日に遊ぼう(作品に直リンクさせて頂いてます)』です。レベル一で魔王に挑まなければいけない勇者の気持ちがよく分かりました。マンボウかわいいよマンボウ。

 日曜日に遊ぼう:リライト

 昨日、神様を見た。彼か彼女か、あるいはそのどちらでもない筈の神様は閉じた瞼のほんの細い隙間に居たから、実際はその表情どころか姿すらよく分からなかった。けれどもそれは確かに神様で、だからぼくは確かに、神様を見たのだった。電車の中だった。ガタリと揺れる電車と、窓の遠くでゆらゆら漂う夜と景色。あったかなぼくの体温。耳の奥で繰り返される鼓動。そのどれとも違うリズムで不思議に揺れながら、神様はなんだかひどく悲しげだった。姿も見えないのに、表情も分からないのに、神様が悲しげなことと、そして泣いていることは分かった。神様は泣いていた。ぼくはその日、水族館にマンボウを見に行ったのだった。その帰りのことだった。ぼくはさみしい気持ちで息を吸う。喉を乾かす冷たい空気。悲しくてさみしい気持ちになる。ぼくは一人だった。神様は泣いていた。マンボウのことを思い出す。
 日曜日、と彼女は言う。ぼくとベッドの中で抱き合いながら、戯れながら、シャボン玉のような声で繰り返す。日曜日、日曜日に。ぼくは彼女をぎゅっと抱きしめて頷く。うん、日曜日。また日曜日に。日曜日に遊ぼう。
 言葉が反響する。ぐるぐると回って空へ昇るのだけれど、そうしようとするのだけれど、行き場を無くしたシャボン玉みたいに、屋根の高さまで昇った所でぱちんとはじける。ぱちんと消えて無くなってしまう。猫が死んだ。シャボン玉のように行き場を無くしたのかも知れない。猫が死んだよ。妹からの連絡で、ぼくはそれを知る。いつのことだろう。今日よりも前。昨日かも知れない一昨日かも知れない、それよりずっと前のことかも知れない。遠い過去ではない筈だ。なぜならそこに猫はいた。猫が死んだよ。ぼくは彼女と手を繋ぎながら言う。彼女はちいさく頷いて、それから、悲しいの、と聞いた。ぼくは頷く。悲しかったんだと思う。まばたき一回分の間に、まぶたの隙間に神様が見えた。神様は泣いていた。けれどまばたき一回分の短さで居なくなってしまったから、本当にその時、神様を見たのかよく分からなかった。手を繋いだまま帰って、彼女と二人で家に帰る。ベッドへ倒れ込んで、彼女は囁く。日曜日に遊ぼう。また、日曜日に。
 マンボウのことを思い出す。暗い水槽の中に閉じ込められたマンボウのこと。シャボン玉のようには、猫のようには消えてしまわないであろう、消えてしまえないであろうマンボウのこと。その黒い目のこと。水槽の硝子ごし、ぼくはマンボウを見つめていた。マンボウもぼくを見つめていた。ぼくはマンボウの黒い目に映る自分の姿を見つめていた。とすればぼくが見つめていたのはマンボウではなく、マンボウが映しだしたぼくの姿だったのかも知れない。けれどもぼくはマンボウを見つめているつもりだった。だからマンボウはぼくに見つめられているつもりだった筈だ。それを裏切りたくはなかった。もったりとした唇を動かして、マンボウはなにかおしゃべりをしたがっていた。耳をすませてあげたかったけれど、ぼくの耳には水を気泡が昇って行く音にしか聞こえなかった。マンボウの黒い瞳はぼくだけを見つめていた。尾ひれがすこし動いていたように思う。その他のことはよく思い出せなかった。マンボウのことを考える。黒い目がそこにあったことを思い出す。猫のことを考える。鳴き声よりも縁側で寝転んだ猫のおなかの毛が、半透明に輝いていたことを思い出す。帰りの電車で、また神様を見た。眠たい電車の中で、神様を見た。神様は泣いていた。ぼくはまばたきをしながら、まぶたの奥にこびりついたマンボウの黒い目のことを考える。神様が泣いている。夕陽が沈んでいく。ぼくは電車にひかれた長い影をぼんやり見つめながら、夕陽の落ちる方向のことを考えていた。方角のことも考えていた。まぶたの奥にこびりついたマンボウの黒い目。神様が泣いている。夕陽が沈むから、どこかでなにか死んだのかも知れない。ぼくは眠った。そして夢を見た。
 海と浜辺と白い砂浜と波とかもめとぼくとワープロの夢。ぼくはワープロを打ち続けている。画面に文字の羅列が現れる。ぼくはそれを読めないでいる。ぼくはワープロを打ち続ける。足元まで波が来ていた。波は引きながら浜辺の白い砂を削って行く。削って持って行く。礼儀正しい盗人のような。白い砂は海の底に沈んでいく。やがてマンボウと出会うだろう。かもめは遠く、遠くにいてぼくを振り返りすらしない。ぼくはワープロを打っている。どうしてか、その文字が全然読めない。神様はいつのまにか消えていた。電車を降りて、家に歩いて行く。
 あの海のどこかにマンボウはいて、だから、ぼくは白い砂のようにマンボウと出会えるだろう。マンボウの黒い目。海の底に落ちて行く白い砂。ぼくはワープロになんと打っていたのだろう。かじかんだ指先を見つめる。ああ、そう、この指だ。ぼくのこの指がワープロを打っていた。感触を頼りにキーボードを打つ。音もしないで空気が揺れた。どこかにある筈の画面に文字が打ち出される。ぼくはその文字が読めない。歩いて、歩いて家に帰る。ぼくはその文字が読めない。
 日が暮れる前に彼女と散歩をした。彼女がどこか遠くへ行こう、とそう言うので。遠くへ、どこへ、と僕が聞いても彼女は笑うだけだった。笑って、どこか遠くへ、遠くへ、とせがむように口にした。遠くはどこにあるのだろう。どこかは、どこかにあるのだろう。僕は頷いて、彼女と手を繋いだ。僕らはどこへも行かず、日が暮れる前の道を散歩した。
 たくさんのマンボウのこどもたちが死んでいく。海の中で死んでいく。波の音にまぎれて、誰もその死に気がつかない。マンボウはこどもたちの死を見つめている。波に削られて深海へ落ちて行く白い砂を見つめているからだ。マンボウの黒い目は死を映し出している。今もきっと死んでいる。今も、また今も。白い砂が海底に落ちて行く。けれど誰もそのことを知らないでいる。
 サンダルをはいて彼女は歩く。ぼくはすこしだけ後を行く。ぼくは彼女のふくらはぎをながめて、細い足首と、かかとを見つめる。彼女は立ち止まる。彼女は振り返ってぼくを待つ。ぼくは笑いながら彼女と手を繋ぐ。あったかな彼女の手に繋がれて、ぼくは話をしたと思う。なんでもない話。いつかの話。家族の話。兄の話。彼女はゆらゆら頷きながら、ぼくの話を聞いていた。ぼくは話続ける。兄の話。兄が書いていた絵の話。その思い出。油絵と日本画の話。花火の絵の話。僕がモデルになった絵の話。あの絵はどこに行ったのだろう。しまってあるのだろうか。飾っているのは見たことがない。売った筈はないので燃やしてしまったのだろうか。燃えた絵の煙の色を考える。白かったろうか黒かったろうか。白いといいな、と彼女が言った。煙は屋根の高さでぱちんと消える。妹からメールが来た。猫が死んだのだった。ぼくは彼女と家に帰る。ベッドの中で、彼女はぼくの頭を撫でていた。また日曜日に遊ぼう、と彼女が言った。日曜日。また日曜日に遊ぼう、日曜日に。彼女は囁いて、ぼくの頭を撫でていた。また日曜日に。
 読めない文字とワープロの夢。海と砂浜とカモメとマンボウと神様の夢。神様は泣いていた。カモメも鳴いていた。海のどこかにマンボウが居る。マンボウは黒い目で死を見つめている。神様は泣いている。マンボウのこどもたちが死んでいく。猫が死んでしまった。僕はワープロを打ち続ける。シャボン玉がぱちんと消えてしまう。波が白い砂をさらって行った。マンボウが吐き出す気泡が揺れている。やがてぱちんと消えてしまう。神様は泣いている。幾億もの死を見過ぎたせいだ。僕はワープロの文字が読めない。僕はワープロの文字が読めない。神様は泣いていた。
 夢が終わると彼女はいなかった。帰ったのだろう。カーテンを開けられた部屋はとても明るくて、机の上に置き去りにされた麦茶が、机に海の模様を描いていた。ゆらゆらと揺れている。神様のリズムだった。ぼくたちは遠くへ行きたかった。彼女も遠くへ行きたがった。けれどどこへも行かなかった。すこし散歩をしただけだった。ぼくたちはそのうち海へ行く。海の音を聞きながらマンボウのことと神様のことと死んだ猫のことを、ぼくは考えるだろう。それから全然関係ないことを話し始める。たぶん、家族の話。
 また日曜日に遊ぼう、と彼女が言う。

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