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*ツイッター上でリライト企画というのを目にしたのでやってみました:その2。とある作品を自分なりに書き変えてみよう! というものです。この題材とストーリーラインを自分ならどう書くか、という観点で書かせて頂きました。文章は自分なりに元作品を一生懸命模倣したつもり……です。
 元作品は立田さんの『エアメール』です。ひのきのぼうで魔王を倒さなければいけない勇者の気持ちがよく分かりました。北極星が素敵過ぎて……!

 エアメール:リライト

 便せんに綴られた文字は丁寧で、彼はもしかしたらその言葉を、うんと考えながら形にしたのかも知れないと思う。それはなんの気ない連想で本音のひとかけだったのかも知れないけれど、それを見てはじめて、彼が傍に居ない理由が分かった気がした。
『夜空の星座は日本と全然違いますが、北極星の位置は変わりません』
 北極星を取り巻く星座が違う夜の空を、いくら想像してみても正確ではないのだろう。それでも私には、その景色が見える気がした。
『君は』
 きっと手の届かない位置に星はある。遠く、遠くの暗闇に星は輝いていて、その中心であざやかに北極星は眠っている。
『あの星のような人だと、思いました。』
 きっと彼は北極星の夜空に、星明かりを灯しに行ったのだ。



 配達物を飲みこんだ郵便受けが、ほんのかすかな音を立てる。すぐにその音に気が付いた私は、重たい体をゆっくりと持ち上げた。足元がすこしふらつくが、なんのことはない。自分の体だから、状態にはすっかり慣れてしまった。かすかな期待と得体の知れない恐怖を抱えて郵便受けを覗きこめば、端々が擦り切れた茶封筒が底に倒れ込んでいた。長旅をしてきたのだろう。丁寧に持ち上げれば封筒は、まだ差し出し主の指の熱を灯している気がした。いらっしゃい、と思わず呟いて肩を震わせる。期待が報われて、心が喜びに満ちて行く。不安は何時の間にか、どこかへ消えてしまった。
 居間に戻る。二人掛けのちいさな食卓の上には食べかけの朝ごはんがあったが、食事は中断することにして、端に押しのけてしまった。そうしなければ手紙を開封する十分なスペースが取れなかったし、そうでなかったとしても、落ちついてごはんの続きを口に運ぶなんてことは考えられなかった。封筒を机に置く。深呼吸して、ようやく私は椅子に座った。鋏を取る為に立ちあがらなくてはいけないことに気が付いて、私は胸に手を押し当てる。指先が震えているのをおかしく思った。なにを緊張することがあるの。初恋の人からのラブレターでもあるまいに。
 棚の上から箱を持ってきて、そこでようやく、封筒に鋏を入れる。封筒は、見た限り紙以外のものが入っている様子はなかったが、それでも慎重に、机に端を置いたまま先端をすこしだけ切る。神経質になってしまうのは、一度、砂がこぼれ落ちて来たことがあるからだ。岩石が雨と風に現れた末、砕けたちいさな砂の粒。薄紅色のそれは、今はビタミン剤の詰め込まれていたガラス瓶に封じ込まれて、たくさんのがらくたと一緒に箱の中に落ちついている。箱の中はみんな、がらくたばかりだった。がらくたで出来た星ばかりだった。
 波で削られたガラスの破片、見る角度によって色を変える羽、踊りくねる文字が印刷された粗悪紙のチラシ、高く澄んだ音を一つだけ鳴らす玩具の笛、細い金の筋が表面を横切る鉱石、絵の描かれた米粒、名も知らぬ薄紫色の押し花、練り香、貝殻、螺子、それから数枚の便箋。想像できない星座のきらめき。送られてくる星明かり。一番最初にそうされた時の彼の言葉を、私は今でも覚えている。今ではお決まりになった言葉から始まった手紙に、照れ笑いのようにくっつけられていた囁き。
『僕が旅先で一番感動したものの、お裾分けです。』
 それから数通目の手紙で、私はようやく答えを見つける。その一通目の言葉で、彼が傍に居ないことや、砂が机に零れてしまった不満も、なぜだか全て許してしまっていたのだけれど。彼がどうして傍から居なくなってしまったのか、その答えを、きっと彼が知らない星座を見上げながら私も見つける。私が彼の北極星だと言うのなら。一人きりの夜空に、飾る光を探しに行ったのだ。
 今日受け取った封筒は、軽く平たいものだった。ちいさい物でも入っているのかと慌ててひっくり返して見れば、ひらり、と一枚の紙がこぼれ落ちてくる。淡い水色が、あますところなく小さな長方形を塗りつぶしている。そこかしこに水彩の筆痕がむらを残した紙の隅、小さく文字が書いてあった。今回の手紙はそれだけで、他にはなにも入っていないようだった。これが、光る星。私は紙いっぱいに閉じ込められた春の空を見つめながら、それを絵描いた彼の指を想像する。大きいばかりで無骨な手が絵筆を持って、一生懸命にその情景を写し取ろうとしている様を。写真ではきっと駄目だったのだ。絵でなくてはいけない、と思ったのだろう。じわりと心が温かくなって、送られてきた無数の星たちが、静かなざわめきのように音楽を鳴らした。
「でも……そろそろ、帰ってきては、いかがでしょうか」
 いくら星を送られても、彼がいない寂しさはまた別のものだ。幸せな気持ちで心が満たされても、それは時に、幻のように儚く消えてしまう。さみしさを紛らわすように封筒を指で撫でながら、強い筆圧で書かれた私の名前と、ナナメに押されたエアメールのスタンプ、動物の図柄の切手と、半月以上前の消印を眺める。裏返しにすると、彼の署名があった。表に書かれた文字とは違い、それは自由奔放な筆跡でいかにも彼らしい。しばらくさみしさに身を浸して、私は今度の手紙も箱にしまってしまうことにした。机に置いていた空の絵をつまみあげ、なんの気なしに裏返しにする。文字が書かれていた。彼の署名と同じ、自由奔放な筆跡で。
『そろそろ帰ろうと思います』
 たぶん。そんな言葉と共に書かれた日付は、今日から一週間後。私は思わず、日に日に膨らんでいくお腹に手を押しあてた。震える手で、そっとお腹を撫でる。このこに、箱の中身にまつわる話をひとつずつ聞かせるのが、私の夢だ。その夢はもうすこしで叶うらしい。そのときのためにゆっくりと箱の蓋を閉めると、出迎えたときの彼の顔を想像して、私は微笑んだ。彼は私を北極星のようだ、と言った。空に飾る星の物語を、彼だけが知っている。

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