INDEX

 落とし物には、福が

 彩皇 梨華さいおう りか は、途方にくれていた。それというのも、落し物が見つからないからである。それがケシゴムやシャープペンシルと言った、安く買いなおせるものであるのなら、梨華もすこし捜して見つからなければ、すっぱり諦めてしまうのだが。今回梨華が落としたのは、生徒手帳なのである。そう簡単に諦めてしまえる物ではないのだった。
 そもそもなぜ、梨華が生徒手帳を落とすハメになったのか。それは春風の悪戯とも考えられるが、友人たちの評価は一括して『梨華が不幸だから』と言い切った。なんとも冷たい言葉だとは思うが、梨華はそれを否定できないので泣きそうになる。梨華は、不幸なのだ。それも、とてつもなく不幸なのである。生い立ちに理由があるなどの理由ではなく、不幸を呼び寄せる体質なのである。
 もしくは、クジ運だけに全ての運勢をつぎ込んだ運命の持ち主、とでも言おうか。梨華はそれがアミダクジであれ、福引であれ、クジと名がつくものに参加すれば、一位しか出たことが無いのだ。もっとバランスの良い星の元に生まれたかった、と思いつつ、梨華は今日の朝、テレビで見た星占いを思い出す。たしか、注意ポイントは落し物だったはずだ。
 そんな所だけ当たらなくてもっ、と思いつつ、梨華は気を取り直して廊下を見渡す。しかし掃除が終わったばかりだからなのか、ピカピカに光る廊下にはゴミの影すらなく、梨華のため息を深くさせる。それにしても一緒に探してもくれないなんて、と梨華は八つ当たりで友人たちに恨みがましい想いを向けた。六人グループの友人たちは、誰も探し物を手伝おうとはしてくれないのだった。
 二人は、放課後部活があるので、納得できなくもない。一人も、今週が掃除当番なので、分からなくもない。しかしあと二人は、帰宅部なのだ。掃除当番でもないので忙しくもないし、放課後には予定が入っていないと梨華は知っていた。それなのに。
「……自分で落としたんだから自分で見つけなさいって、それはそうなんだけど」
 ちょっと冷たくないかなぁ、と梨華の呟きが誰もいない放課後の廊下に響き渡る。ちなみにもう一人の言い分は、ある意味とても分かりやすいもので。にっこり笑顔でめんどくさい、といわれてしまえば、梨華にそれ以上のお願いは出来ないのだった。あうー、と悲しげな泣き声が空気を揺らすのに、その時あれ、と優しい声がかけられた。
「梨華ちゃん?」
 どうしたの、とその日はじめて向けられた優しさに、梨華は違う意味で泣きそうになりながら振り返った。階段の踊り場に立って、首を傾げながら梨華をうかがって来ていたのは、一年先輩にあたる、顔見知りの少女だった。天の助けっ、とばかりに、梨華は駆け寄っていく。
「森沢もりさわ 先輩、聞いてくださいよっ」
 生徒手帳落としたのに見つからないしっ、誰も捜すの手伝ってくれないんですっ、と涙ながらの後輩の訴えに、森沢 香奈もりさわ かな は無言で眉を寄せた。そしてさくらも、と問いかける呟きに、梨華は慌てて首を振る。香奈が聞いたのは、彼女がもっとも可愛がっている後輩で、梨華の友人である少女だ。掃除当番だから、と申し訳なさそうに断られたのを思い出す。
「さくらは掃除当番で、担当場所があるからそっち優先しないとって」
「ああ。そうよね。よかった」
 さくらはそういうコですもの、と嬉しげに微笑んで、香奈はところで、と梨華に向かってえんじ色の生徒手帳を差し出した。学年カラーで決まっている通り、三年生は藍色、二年生は桜色であるので、えんじ色は一年生しか適応しない。驚いて目を瞬かせる梨華に、香奈はちょうどよかったわ、と笑いかけた。
「教室の前に落ちているのを見つけてね、梨華ちゃんを探してたところだったのよ」
「あ……ありがとうございますっ。うわぁーっ」
 私の生徒手帳だーっ、と半泣きで受け取る梨華の頭をぽんぽん、と撫でて、香奈は気をつけなさいね、と穏やかに微笑む。思わず顔を赤くしながら頷いた梨華に、香奈はさくらによろしく、と言い残し、階段を登って去っていった。梨華が手帳を探していたのは、一年の教室がある二階。しかし、二年生の教室があるのは三階なのだ。届ける為に、降りてきてくれたのだろう。
 嬉しいなぁ、と幸せをかみしめながら生徒手帳を胸に抱く梨華は、さて教室に戻ろうと身をひるがえし、そこでぎくりと体を硬直させた。なぜならそこには、香奈からよろしくと伝言を預かった友人、さくらが、世にも恨めしそうな顔をして立っていたからである。梨華はさくらの表情の理由を、だいたい察していた。なぜならさくらがそんな表情になる理由など、一つしかないのだから。
「さ、さく」
「香奈先輩に撫でてもらった」
 地の底から響く、呪いの声だった。ひいぃっ、と思わず顔を青ざめさせて後ずさる梨華に、驚異的な速度で歩み寄り、さくらはどんよりとした空気を背負いながらぶつぶつと呟く。
「香奈先輩に生徒手帳拾ってもらった。香奈先輩に話しかけてもらったっ。香奈先輩にっ」
「ち、違うの。違うのさくらっ。私は別に、別にっ」
「私の香奈先輩にっ」
 ごく自然な所有格で叫んださくらは、梨華に涙目でつかみかかり、そしてハッとしたように目を瞬かせた。落ち着いてくれたかなぁ、と希望を持ってさくら、と呼びかけた梨華の前、少女はふわふわの髪の毛を振り乱し、三階へと走り出そうとする。
「わ、わた、私も生徒手帳落としてくるっ!」
「さくらちゃん落ち着いて!」
「香奈先輩に拾ってもらうのーっ!」
 そのままめそめそ泣き出すさくらに、梨華は深々とため息をついて、戻ってきた生徒手帳に目を落とした。もしかしてコレは、戻ってこないほうが良かったのではないか、と思う。泣き止まないさくらに心底困りながら、梨華は空を仰いだ。落し物には福がなく、今日も不幸がついてきた。

INDEX