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 父と母とそれからばっちゃんの決意

 永遠の別れじゃない。私と、君は親子だ。望めば、きっと、きっと会える。君が、会いたいと、思って、くれるだろうか。


 親として、ハルは1つの決断をする。息子のナリアンは、きっと自分たちを恨むだろう。泣く、かもしれない。いや、泣く。置いていかれたと、捨てられたと、昨日まで笑いかけてくれた両親が、手のひらを翻すのだ。泣いてくれなかったらどうしよう、とふと心に過ぎった。これは、妻のラフィアとも話し合って決めたこと。星降の国の国境を越えたすぐの街。どこにでも咲き乱れる花。5カ国のうちでも、花舞の国は祝福であふれている。道端に咲く花。茂る緑。人々の心を楽しませ、安らぎを与えていた。風の暖かな、優しい国。この国に、我が子を置いていく。そう、決めた。
 息子に衝撃的なことを突きつけられた夫婦は、退団予定であった一人の同僚にそっと相談を持ちかけた。気持ち悪いと否定され、騒がれ、この楽団にいられなくなったのだとしても、そうしなければならなかった。一重に、愛おしい我が子のために。
 花舞の国のある街で、ナリアンを寝かしつけたハルとラフィアは、同僚の部屋を訪ねた。花が咲き乱れ、夜風が豊潤な香りを人々に届ける、そんな夜だった。
「オリーヴィア、折り入って頼みがあるんだ」
「おやなんだい、色男が。うちの稼ぎ頭の二人がどうしたんだい?」
 快活に笑って、ナリアンの両親を室内に、荷物をまとめているから散らかっているけどねと、オリーヴィアは招き入れる。元々が移動型の楽団であるため、各々の荷物は少ない。それでも、長く1つの場所にいれば、それなりにものが増えていくのは道理である。簡単に片づけられた床の上に敷かれたクッションに座る。
「で、どうしたんだい?」
 差し出されたお茶に礼を言いながら、間髪入れずに話を始めた。
「うちの、ナリアンを引き取ってもらえないだろうか」
 ずずっと啜ったお茶をオリーヴィアと呼ばれた五十を過ぎた頃の女性は、噴き出した。げほげほと、むせかえり涙目を二人に向ける。
「バカなことを。何を言っているのかわかってんのかい?」
「わかってる、わかってるんだ」
「……話してごらん」
 ハルはぽつりぽつりと、息子のことを話した。ラフィアは夫に寄り添い、ぎゅっと右手を握っていた。時折、言葉をのどに詰まらせて一言一言選ぶように吐き出すハルに、オリーヴィアは口を挟むことなく静かに聞いていた。彼の言葉止まった後、ポツリと吐き出された。
「バカだねぇ」
「……それしか」
「わかってるよ」
 言わなくても、わかってる。私が親でもそうしたさ。オリーヴィアは、ハルにラフィアに、優しく微笑んだ。
「まぁ、あんたたちの子なら、ないとは言い切れないね」
「……オリーヴィア?」
「ハルの歌声に、ラフィアのハープ。二人とも、時代が時代なら、神への貢物にされたっておかしくはないと、私は思うよ」
 そんな二人の子が、愛されないわけないだろう? ふふっと、笑うオリーヴィアに、ハルとラフィアは顔を見合わせた。
「……私で、いいのかい?」
 他にもいるだろう。二人の願いなら他にも叶えてくれる、私よりずっといいやつだって。暗に込めてオリーヴィアは言う。ハルは静かに首を振った。
「オリーヴィアがいいんだ」
 おやまぁ。目を見開いたオリーヴィア。照れるね、色男。と、少しだけ頬を染める。少し思案し、窓の外を見やる。夜の帳が降りた街は、街灯も少なく、星が綺麗に見えていた。時折吹く風が、花の香りを運んできた。
「……お願い、出来ないかしら」
 ハルの手を握っていたラフィアが口を開く。夫にずっと寄り添い、固く手を握っていた。瞳は潤み、衝動を与えればこぼれ落ちてしまいそうな。青い瞳は、泣きそうな空のようだった。
「ラフィア」
「オリーヴィア、お願い」
 夫の手を振り払って、ラフィアは身を乗り出す。オリーヴィアに詰め寄り、懇願する。たじろぐオリーヴィアに、気づき少し身を引いた。
「……うんといい男にしても、いいんだろう?」
 ラフィアから視線を外し、もう一度、外を見た。変わらぬ星々に、思い出したように香る花。ぽつりと零れた言葉は、独り言のようでもあった。ゆるりと、視線をハルたちに戻す。
「どう、育てればいい?」
 どう、育って欲しいんだい? お前たちの息子に。オリーヴィアの口元が緩む。言ってご覧よ、言うだけはたださ。
「優しい子に、人を、愛せる子に」
 もうなってるだろう、そう思ったがオリーヴィアは口には出さなかった。
 
 風が、窓の外を渡っていく。花びらを巻き上げて、朝日を迎えに行く。まだまだ暗い闇夜だが、もう少しすれば東の空に色が滲む。夜の終わりは、朝の始まり。別れは、出会い。いつか、また、会いに来ると。君が健やかであれと、そう願わずにはいられなかった。

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