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 君のためにそれがある

 武器庫、と書かれたプレートがはめられたなんのへんてつもない扉の前に四人は立っていた。案内人は、今日の朝も元気よく不快に陥れてくれた寮長。メーシャが時間を知らなかったらこの人、どうするつもりだったんだろう、と考えて考えるのをやめた。全くもって、生産性のないこと限りなしである。
「今から、お前たちはこの扉をくぐり、武器に選ばれて帰ってくる。武器がお前たちを選ぶのであって、お前たちは武器を選ばない」
 さて、誰から行く? と素敵な笑みを向ける。
「怖いなら皆でおてて繋いで入ってもいいぜ? ただ、気が付いたらひとりだろうけど。同じ系統の武器でない限りな」
 明らかに視線が交わっている。断言する、黙っていれば格好いいと噂される寮長は、ナリアンただ一人をニヤニヤと見ていた。ちょっと遠目に陣取っていたはずなのに、なぜか、ナリアンを見ていた。何かが音を立てて切れた。スイっと、三人の前に出る。
『俺から行ってもいいですよね?』
 断定の確認。なぜ寮長に許可をとったのかわからないけれど、この場を仕切っているのは寮長である。楽しそうに、どうぞ、と手で扉を示される。三人に気を遣う余裕もなく、ドアノブに手をかけ、部屋に入った。
 ぐにゃり、と足元が揺らぎ、手を離した扉は勝手に閉まり、ナリアンを学園から切り離した。脳にたくさんの映像が流れてくる。一つ一つを追うことは出来なくて、何を見たのかもわからなくて、誰かの笑い声やひそひそ話、慟哭を聞いた気がする。気がついた時には、扉も窓も何もない全てが白い部屋のおそらく真ん中に立っていた。何も、ない。生憎、武器庫に関する知識は持ちあわせてはおらず、部屋に入る前の寮長の言葉だけが、教えとなっていた。悔しいけれど。武器庫、というからには様々な武器が並んでいるのだろうと思ってはいたが。
『武器に、選ばれるんだっけ』
 そう、意思が訴えかけ、気が沈む。ああ、嫌だ。誰も、自分など、選んでくれないのに。人でさえ、自分を選んではくれなかった。物が、自分自身を選ぶことなど、もっと難しいだろう。意識を落としこむ、何も考えないように、ただ心を空っぽに。何も聞こえなければ、怖くない。人の評価など、聞きたくはない。何もない真っ白の部屋。瞳を開けていれば、ただ発狂しそうなこの世界。ナリアンは、そっと瞳を閉じた。途端に、ざわめきが襲いかかる。あちらこちらから、ヒソヒソザワザワ。
『ああ、あれが』
『なんだ、普通なのね』
 囁きも重なれば洪水となる。一人、立ち尽くすナリアンは、瞳を開き、怯んだように後退する。今度は、瞳を閉じなくてもざわめきが聞こえていた。耳を覆ってしまいたくなるほどの喧騒。心臓が大きく脈打つ。
 うるさいだけなら、まだ良かった。それらは全て、ナリアンを見ている。評価していた。気が狂いそうだ。聞こえなければいいのに、聞こえてくる声。姿はないのに、声だけが聞こえる。選ばれなかったら、どうしよう。唐突に滑りこんでくる不安。昨日も同じ事を思った。魔術師のたまごだと言われたけれど、武器を持たない魔術師はどうなるのだろう。放り出されるのだろうか。一人だけの家に戻らなくてはならない。感情がせりあがってくるのを、拳を握って耐える。ああ、倒れそうだ。折れてしまいそうな心。強くあれ、と望むのに。意識が遠くなり、喧騒も遠のいていく。
『ねぇ、誰が行くの?』
『私! 私、あの子と行きたい!』
『私だって、行きたいわ』
『お前らみたいな小娘じゃダメだろ、俺みたいな』
『『『ありえなーい』』』
『ああ、でもどうするの?』
『みんな行きたいんでしょう?』
『一人につき、一つ、よ』
 若い声がさざめく中に、老成した声が響く。からかいと、感嘆を込めて。
『若いのう。お主ら、本当にあれに着いて行きたいのか』
『え?』
『着いて行きたいわ! あの子、あんなに愛さ』
『あれに嫉妬されるぞ。あれが、あの子を喰おうとしたら、守ってやれるのか』
 一斉に静まり返る。何もないのに、視線だけをナリアンは感じていた。先ほどの和気あいあいとした雰囲気は微塵もなく、張り詰めた空気が肌を刺す。空気が変わったとしか、ナリアンには感じられなかった。無秩序が遠のいて、秩序が確立されたような。針のむしろにすわるかのような視線の山。痛い。張り詰めた空気を動かしてはならないような気がして、ナリアンはそこに立ち尽くした。まともに、呼吸も出来やしない。
『……無理、だわ』
 一人の声を皮切りにして、次から次へ、私も、俺も、と声が続く。行きたいけれど、守ってあげたいけれど、思えば思うほど、己の力量を思い知る。
『じゃあ、誰がゆくの』
 あの子を守ってあげるの。あの子自身から、世界から、歪みから。誰が、あの子を導いて、助けてあげるの。
 長い時間が流れる。沈黙。一人、また一人と眠っていく。興味を失ったからではない。あの子について行けば、己の身はいずれ邪魔となる。そう悟ったから、次の子のために自らを育てるのだ。残されたのは、アメジストのついた古びた杖ただ一人。己以外が全て眠りについたのを、見届けて思いを馳せる。幾人、幾百、幾千のたまごを見送ってきた。武器を失くした魔術師も迎え入れた。見知った武器が、傷つき、生まれ変わってはまた出て行くのを幾度も見送った。己はここから一度も出たことがない。ずっと一緒にいたアイオライト。五百年ほど前に出て行ったきり、その姿を見ていない。彼ならば、あやつならば。今のこの子にふさわしいだろうか。いいや、過去を考えても仕方がない。
 短剣も長剣も盾も、指輪も魔法書も己以外の杖もみな眠ってしまった。己に、彼を救えるか。守ってやれるか。今、この場で彼を導いてやれるのは自分しかいないのに。
『まぁ、お主がこけるのを防いでやることはできるかの』
 幸か不幸か、杖はソキの身長よりも大きかった。それ故に、持ち歩くのは少々、大変そうだが。
『ナリアン』
 呼ばれた気がして、ナリアンは面を上げた。足元から徐々に視線を上げていけば、少し離れた場所に、杖が一本置かれていた。真っ白い部屋の中に、白い身。アメジストの色だけが、そこに浮くように。恐る恐る近寄って、そっと触れた。なめらかな肌触り。持ち上げてみれば、しっかりと手に馴染む重さ。筋力の落ちた腕には、少し重いと思えたが、心が落ち着いていくのがわかった。
『行こうか』
 どこからともなく聞こえた声に、ナリアンはそっと頷いた。

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