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 その夢と浪漫はいらなかった

 学園の授業は、基本的に自由設計だ。入学一年目の生徒には、一年の間に必ず受けなければいけない座学、実技がいくつか設定されているだけで、後は基本的には好きなものを選択し、学ぶことになっている。一般的な学び舎と違う点があるとするならば、それはあくまで個人的な興味の反映が許されているというだけで、受けなくても良い授業というものが存在していないことだった。一般的な知識から高等教育、魔術師として必要な知識や王宮勤めをするにあたって必要な教養まで。授業は多種多様に展開していて、それら全ての授業に出席し、教員から合格点を与えられてはじめて卒業試験を受ける資格を与えられるのだ。もちろん、卒業試験を受ける為には座学だけではなく、担当教員からの許可やその他様々な条件を満たさなければならないが、第一の前提として、座学を全て終了している必要があった。
 全ての授業を一度の不合格なく受け、卒業試験へ至るまでの最速は約三年。朝から晩まで、時間があれば授業を受け続ける必要がある為、三年で卒業資格を得る生徒は極端に少ない。早めで四年、平均的に、五年半か六年。だいたいそれくらいの時間をかけて、魔術師の卵は定められた条件を満たし、一人前の魔術師として認められることになる。その中で、ソキに与えられた時間は四年だった。もちろん、明確な定めとして決められた訳ではないが、砂漠の王が直々にソキに告げた命である。逆らうことは難しいだろうし、ソキにもそのつもりはなかった。四年すれば、ソキは十七になる。十七の己というものをソキは想像したこともなく、今もよく分からないままだったが、それがナリアンよりひとつ年下だということに気がついて、なんとなく不思議な気持ちにもなった。
 四年しても、ソキはいまのナリアンの年齢にも追いつかないのだ。ロゼアとメーシャよりはひとつ年上になるのだが、それにしても今を基準にした考えだ。ソキがひとつ歳を重ねるたび、ロゼアも、メーシャも、ナリアンも同じだけ成長する。思えば二年以上先のロゼア、というものをソキは考えたこともなかったので、四年後というのは完全に未知の世界だった。十五を過ぎても、ソキは学園にいる。魔術師の卵だからだ。最速でも、二年では授業が終わらず、まだ卒業を許されないからだ。入学して半月も経過していない現在、ソキはまだそれが不思議で、すこしばかり現実味がなく、考えてもよく分からない。
「……でも、二十のロゼアちゃんは、ぜったい、すっごく、格好いいに決まってるです」
 ぺしょん、と机に突っ伏しながら、ソキはやや赤らんだ頬に両手を押し当て、心の底から呟いた。ロゼアは基本的に彼の母親に似ているが、成長の想像図として出てくる存在は砂漠の国王陛下そのひとである。砂漠の国王の方がロゼアより圧倒的に偉そう、かつ偉いのだが、雰囲気はともかくとして顔立ちと声の響きと面差しはとてもよく似ている、とソキは思っていた。頭の中に存在する、ソキの考えた二十の格好いいロゼアちゃん、にひとしきりぱたぱたふにゃふにゃ見悶えたあと、少女はふと視線を感じて顔をあげた。
 現在位置は座学が終わったばかりの教室の中である。ロゼアもナリアンも、メーシャも受けていない座学だったから、ソキは大人しくお迎えを待っている状態だった。同じ時間にいくつか他の授業が開かれているが、それが終われば昼休みであることは全ての生徒に共通している。心地いい、どこかほっとしたざわめきが空気を揺らし、教室も廊下も行きかう生徒で混雑していた。学園に在籍する生徒は、男女合わせて百名とすこし。その殆どの名をソキはまだ知らないし、顔もよく覚えていないのが現状であるのだが。ソキを見ていたのは、その中でも、顔を合わせたことはおろか、会話もしたことがない男子生徒だった。
 名前を覚えるかどうかはともかくとして、ソキは一度会った相手の顔は忘れない。なんとなくであっても、覚えている。そうするように、『花嫁』として教育されたからだ。通りすがりに挨拶をされたくらいでは、『会う』という感覚にならないので分からないが、それにしても全く見覚えのない相手だった。きゅぅ、と眉を寄せて考えるソキに、男子生徒はやや興奮した足取りで歩み寄ってくる。ソキの座っていた机の前の椅子を引いて座り、ロゼアと同い年か、さもなければナリアンと同じくらいであろう男子生徒は、君が、と唐突に言葉を投げかけてきた。
「ソキ? 予知魔術師の」
「……どなたですか」
 ロゼアちゃんはやく来て下さい。ナリアンくんでもいいです。メーシャくんでもいいです。ソキしらないひとと会話するのいやですいやいやいやっ、と全身で物語るソキにちっともめげた様子はなく、男子生徒はああごめん、とけろっとした表情で言った。
「俺は、スタン。夢と浪漫部の部長なんだけど」
「……いま、なに部って言ったです?」
「夢と浪漫部」
 ゆめと、ろまんぶ。頭の中でゆっくり発音したのち、ソキはこくん、と頷いた。
「お引き取り下さいです」
「ちょおおお! 話くらい聞こう! な! なっ!」
 お願いだからっ、とずいと身を寄せて迫ってくる男子生徒に、ソキはいやいやと首を振った。その部活名には覚えがあった。説明部のくれた部活動一覧小冊子に、しっかり書かれていたからだ。夢と浪漫部。部員数、七名。内、男子四名、女子三名。活動内容、最高にたぎる我らが夢と浪漫をいつの日か実現に導くこと。何回読んでもなにをしている部なのかソキにはさっぱり分からなかった部だが、ひとつだけ分かっていることがある。関わり合いにならない方がいい。すぐだからっ、ちゃんと聞いてくれたら二分にまとめて話すからっ、と言ってくるスタンに、ソキはいやいやと首を振った。
「ソキねえ、怪しいお話は聞かないことにしているんですよ。それに、ソキはもう部長さんなんです。だから他の部には」
「入れるんだなー! これが!」
 入れません、と言おうとしたソキを遮るように、場にひとりの女子生徒が現れた。なにか魔術実験授業の帰りだったのだろう。制服として支給されているローブからは、どこか焦げ臭い薬草の匂いが漂っていた。その女子生徒には、ソキも見覚えがある。ぞわああぁっ、と嫌な予感が全身をかけ巡ったソキの前で、女子生徒が空いている椅子にだんっと片足を乗せ、短い栗色の髪を手で散らした。
「と、いうことで! 夢と浪漫部の部員にして、説明部の私が!」
「ルルク。手短にな?」
「……説明するよっ!」
 一瞬、いやそうに顔をゆがめたルルクは、けれどもすぐに気を取り直したのだろう。ちなみに狂宴部にも所属していますっ、とふんぞりかえって誰も聞いていない事実を補足したのち、ルルクはソキの右隣に座った。
「ということで手短に説明しようと思うんだけどいいかな? いいよね? あのね部活動っていうのはどこかの部に絶対入らなきゃいけないんだけど、それって別にいっこじゃなくていいの。青春の選択肢はひとつじゃなくてもいいって訳! で、部長さんだろうが副部長さんだろうが委員長さんだろうがそれは同じこと。部長が兼部しちゃいけないなんていう決まりはどこにもないの。どこにもね! 例を出して言うと我らが輝かしい至高の寮長だって狂宴部の部長でもあるけれど、同時に魔術式研究部の部員さんでもある訳だし。ここで我らが煌く寮長がいかに素晴らしい方かっていうのを説明させて頂こうかと思うんだけど、まず寮長は」
「ルルク。手短に」
「つまり部長さんでも兼部できるよってこと!」
 呆れた顔つきでスタンが遮ると、ルルクは舌打ちをした後に満面の笑みで締めくくった。へー、そうなんですか、へー、と九割五分聞き流していたソキは、音の洪水が途絶えたのでちょこん、と首を傾げる。
「ご用事終わりです? ソキねえ、これからロゼアちゃんとお昼食べるんですよ?」
「ああ、うん。……足止めもそろそろ限界かな」
 怖いの来るまえに今日はこのへんで、と立ち上がり、スタンはまあ伝えたいことはひとつだ、と言った。
「ソキにしか頼めないことなんだ。……というか、ソキにしかできない。だから」
 真剣な顔で言ってくるスタンの隣で、ルルクが元気よく笑う。
「夢と浪漫部に入部して!」
「俺たちの夢と浪漫を叶えて」
「変身魔法少女に! なってよ!」
 じゃあまた夜にでも勧誘に来るから、と言い残し、スタンとルルクは風のように彼方へと走り去って行った。その背を見送って数秒後、ちょっとなに言ってるのか分からなかったです、とソキは呟く。数秒、思考が停止していたらしい。



 どうもスタンとルルクは、ソキがひとりでいる所を狙って説明しに来ているらしい。そのことにソキが気がついたのは、数えて四回目の説得を受けている時のことだった。一回目の勧誘の後、二回目で魔術師と変身魔法少女の違いについてみっちり説明され、三回目で変身魔法少女という存在に込められた夢と浪漫について熱く熱く語られたソキは、四回目の変身魔法少女にはなにか武器にもなる変身小物と妖精が必要だと思う、という説明を、それまでと同じくへー、そうなんですか、へー、と言いながら頷いて聞き流すだけの対応を実行しつつ、ふとあることに気がついて首を傾げた。目の前では、スタンが変身魔法少女にはやっぱり妖精が必要だということについて真顔で語っていて、その隣でルルクが説明したそうにうずうずしている。その二人に完全に退路を断たれる形でソファに座るソキに、談話室からは多少同情的な視線が向けられているが、四回目の今日も助けは望めそうにない。
 ロゼアちゃんは今日はどこでどんな足止めをされてるですか、と深く息を吐きだしながら、ソキはとりあえず、浮かんだ疑問を解消してしまうことにした。まだなにやら語っているのを完全に無視しながら、あのですね、と口を開く。
「予知魔術師が理論上、その……へんしん? まほう? しょうじょです? それに、なれるのは分かったです」
 言葉ひとつで世界の理、ありとあらゆる法則を意のままに書き換え、操り、支配するのが予知魔術師である。その能力の使い方として、きらびやかでふわふわな衣装に身を包み、可愛く装飾された短めの杖を握って、妖精と一緒になんやかんやしてほしい、という方向性があったのはソキの理解の外に過ぎるが、分からないことはそれだけではなかった。えっ、夢と浪漫叶えてくれる気になったのっ、ときらんきらんした目を向けてくる二人にいえそれはないですときっぱり告げて、ソキはぱちぱちと目を瞬かせた。
「リトリアさんは駄目なんです? リトリアさん、ソキと同じ予知魔術師ですよ。だからリトリアさんも、呪文? です? それを唱えて変身して? 魔法少女? になれる筈です……?」
 思い切り首を傾げたのは、リトリアの名を出した瞬間、スタンとルルクがざっと顔を青ざめさせ、頭を抱えてうずくまったからである。なにか悪いことでも言ってしまったのだろうか。不思議がるソキの視線の先で、ルルクが涙声で説明してあげる、と呟いた。
「それは今をさかのぼること、五年前……! リトリアちゃんが十歳の、ひゃっほう変身魔法少女としてこの上ない年齢すぎる思い出しただけでたぎってきた! あっ、ソキちゃんはいま十三歳だっけ? うん、でも安心してね? ソキちゃんだったら十三でも十四でも、十五でもそれ以上でもイケると思うというかまあそれは置いておいて、リトリアちゃん十歳の時! もちろん私たちは勧誘しましたとも……! というかリトリアちゃんという至高の存在が居たからこそ私たちの夢と浪漫、変身魔法少女という概念は実現可能なのだということが実証されたというか予知魔術師まじ! ありがとう! 本当に! 本当にどうもありがとう……!」
 予知魔術師という存在こそ私たちの正義っ、と叫ぶルルクの隣で、スタンが真剣な顔をして何度も頷いている。完全に同意見らしい。幸せそうに息を乱しながら、ルルクがどん引きしているソキの手をぎゅぅと握る。
「予知魔術師こそ、私たちの希望……予知魔術師こそ! 変身魔法少女になる為に生まれてきた存在なのだと思う!」
「り……リトリアさんは?」
 もうやだソキおうちかえる、と思いながらなんとか問い返すソキに、ルルクはそうだった、と頷いた。
「リトリアちゃんね? リトリアちゃんにはね……なんていうか……なんていうか、その、鉄壁の護衛が存在していたって、いうか。あれは、あれは悪夢だったの……!」
「思い出せないんだけど怖い。ツフィア怖い。ツフィア怖い! ツフィア超怖い……っ!」
「なにをされたのか思い出せない怖い……! 記憶が不自然に途切れていて怖いっ! それなのになぜかリトリアちゃんにだけは、二度と変身魔法少女の勧誘をしてはいけないということだけが分かっていて! 説明できなくて! 怖いいいいいっ!」
 うわああぁっ、と叫び、青ざめ、頭を抱えて涙ぐむルルクとスタンに、ソキは分からないまでもこくりと頷いた。それで、この二人は周到にソキがひとりの時を狙って勧誘しに来ているらしい。というか、そこまで怖い想いをしたならなぜ諦めてくれなかったのか。心の底からそう思いながら、ソキは溜息をつき、談話室の扉を眺めた。そこが、ゆっくり押し開かれる。あっ、とソキが満面の笑みを浮かべる。
「ロゼアちゃん! ロゼアちゃん、あのねっ」
 言いながら、ソキがルルクとスタンのことを今日こそ言いつけてしまおう、と二人がうずくまっていたあたりに視線を向けた時には、すでに遅く。ほんの数秒にも満たない間で、二人は忽然と姿を消していた。ん、と不思議そうに歩み寄ってくるロゼアに、なんと説明したらいいのか分からず、言葉に迷って。また今度でいいです、としょんぼり告げるソキが、己の傍付きについにそれを言いつけられるまで。説明されること、残り十回。

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