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 番外:リボンちゃんといっしょ

 三月になったので、妖精はソキの様子を見に出かけることにした。特に他意はない。あのふわんふわんでやわやわしたどんくさい相手が、てっきり長期休暇が終わったら妖精の住まう花園にやって来て、あのねぇリボンちゃんあのね、ソキお休みの間にね、とあれやこれやと話すものと思っていたのに。あんまりこないので、アイツもしかしてまた体調崩してるんじゃないのかしら、と心配になったなんていうことは全然ない。あまくしたったらずに話す魔術師のたまごは、とにかく体調を崩しやすいのだ。単なる事実である。思い至って胃が痛くなったなんてことは絶対にない。したがって。明日『学園』に行ってくるけど、と告げると微笑ましさ全開の表情で、そうですか僕も一緒に行こうかな、と告げたシディの羽根を全力で引っ張ったのは恥ずかしさ紛れの八つ当たりなんてものではなく、勘違いを正す正当な武力行使である。
 妖精は『学園』に行くにあたって、魔術師の体調回復、ひいては魔力の安定に繋がる月夜咲きの白い花を一輪、昨夜のうちに摘んでおいた。持って行ったのはお見舞いという礼儀正しいアレにのっとったものであって、あのとにかく魔力を揺らしやすい少女がまたけふけふと血のにおいの混じった咳をして、いたい、いたいです、と泣いていたらどうしようと思っていてもたっても居られなくなっただなんてそんなことは決してそう決して、断じて。だいたいソキなんていういきものは、腹立たしいかつ気に入らなくて仕方がないが、ロゼアとかいうアレの傍に素直にずっとくっついていればいいのだ。流星の夜以後から独立心が旺盛になったのかなんなのかひとりでさらによちよち歩きだしては転び、熱を出し、パーティー以後からロゼアちゃんろぜあちゃんと花園に来てぐずぐず泣いては熱を出ししている姿を見ていたので、妖精はしみじみとそう思う。
 泣くくらい寂しくて辛くて嫌なんだったら素直にロゼアのトコ行ってだっこぉ、とかなんとか言ってきなさいよ、と妖精はちゃんと言ってやったのに。ソキはぐずりながら、やれソキはひとりでできるもん、だの。やれ、ソキはふつうのおんなのこみたくがんばるんです、だの。やれ、ソキちょっぴり体重が増えてたからロゼアちゃんがだっこしたら重たいって言うかもしれないです、だの。だってたいじゅ、重たいのはふつうのおんなのこならだめって先輩が言ってたですよ、だの。ロゼアちゃんもソキのだっこはもうそつぎょ、して欲しいかもしれないからソキひとりであるけるもんだって言ってたもん言ってたですぅ、だの。やたら迷走しきった嘆きで、花園に泣きに来ては翌日だいたい熱を出して寝こむはめに陥っていたのだ。
 ロゼアがそのサイクルを把握していたかは別にして、妖精はこれでソキがまた体調を崩していようものならば、今度こそロゼアを呪おう、と思っていた。それロゼアに悪いところないと思うんですよおおおお、と絶叫するシディの言葉など無視である。大事なのはロゼアが悪いか悪くないかという事実判定ではなく、妖精がそれに対してロゼアが駄目だと思って下した判定そのものなのだ。先輩、さすが理不尽です、と恐れた声でぷるぷると震えたニーアは、でこぴん一回で許してやった。差別などではない。ニーアをあんまり折檻するとなぜか風に吹き飛ばされたりするので、純粋な保身である。保身に走ってなにが悪い、と言い放った妖精に、ルノンはなまぬるい微笑みで拍手をくれた。いまいち嬉しくはない。
 ああそうだ、そういえばソキに体重が増えると云々だの、だっこ卒業だの、なんのかんのいらんことを吹きこんだ在校生はきちっと特定して、それこそ呪って不幸に叩きこんでおかなければいけないのだった。そんな無責任な一般論など滅んでしまって構わないのである。ソキにふつう、なんてものをあてはめて実行させようとしているあほどもは、まとめて骨でも折ればいいのだった。彼らは知らない。知らないからこそ言えたのだろう。妖精は知っている。『学園』に向かう旅の間、どれだけソキがロゼアを求めたか。その街並みに、人ごみの中に。ほんのすこし背丈が、髪色が、好んだ衣服が、用いる香水が、似ているというそれだけで。違うとその瞳が冷静に判断していたのに。ソキはあわあわと振り返って両手をもちあげ、悲鳴じみた声で名を呼ぼうとして、口にきゅぅと力をこめて首をふった。
 夜の眠りがマシになったのは、『お屋敷』からアスルを連れて出たあとのこと。けれども、それだってマシになった、というだけで、妖精は覚えている。ぎゅうぎゅうに体に力をいれてまるくなって、長い時間眠っても、ちっとも疲れが取れない眠たげな顔で、ふらふらと体を起こして。寝ぼけ切った顔で、ソキは不思議そうに首を傾げ、ろぜあちゃん、と呼んだのだ。必ずではなかった。毎回ではなかった。だが、呼んでからふと、夢から醒めた瞬間の顔を。ロゼアがいないと付きつけられたその表情を。鏡を覗き込んでいた訳ではないソキは、自分で分かっていないだろうけれど。妖精は覚えている。だから、そんな馬鹿な真似はしなくていい、と思うのだけれど。ソキは一度、妙なぶーむ、が来たら長いのである。そしてひとのはなしをきかないが故に、ひとりで勝手に延々とそれをやるのだった。
 妖精が知るソキの、『ソキかいぐいしちゃいたいですぶーむ』は、忌々しいことに花舞の都市から『学園』に到着するまで続いていた。もっとちゃんとした所でごはんをたべなさい、と叱っても、自慢げにふんぞりかえって、ソキかいぐい、ができるようになったんですよおおお、と褒めて褒めてと目をきらきらさせるばかりで、お前ホントにアタシの話をききなさいよ意味を正確に理解しろこのばかっ、と何度叫んだことか。『学園』についてかいぐいができなくなったのでそのぶーむは無事に終わったらしいが、現在のソキのそれは悪いことに『ソキのひとりでできるもん!』、および『ソキはふつうになれるですぅー!』、さらに『ソキはロゼアちゃんにしあわせになってほしいですからロゼアちゃんがまんです』である。最後のひとつが特によく分からない。お前なに言ってんだと説明を求めても、ソキの言葉である。説明という単語の意味から問いただしたくなったので、妖精は早々にそれを諦めていたのだった。
 とにもかくにも、ロゼアである。妖精は花園から森を抜け、授業棟を無視してまっすぐに寮に向かいながら、手に持った花をぶんぶんと振りまわしつつ、ロゼアちくしょうあのヤロウ、と低い声で毒づいた。並走して飛ぶシティが遠い目をしながら、申し訳ありませんロゼア僕にはちょっと止められないというか羽根がねん挫したぽくて痛いのでリボンさんについて飛ぶのがせいいっぱいですというかロゼア逃げてくださいねろぜあ、と呟いているが無視である。妖精はシディの羽根をやさしく摘んで引っ張ってやりながら、ひぎゃっ、と痛そうな声をあげるその顔を覗き込み、微笑んでやった。ねえ、シディ。ゆっくり紡がれる言葉に、シディの視線がふるふると震えながら妖精に向けられる。なんでしょう、と弱々しい声に、妖精は頷き、くったりとした花の茎を握り締めながら言い放った。
『アタシ思ったんだけど』
『は、はい……』
『ソキがアタシに会いに来なかったのってロゼアが監禁してたからじゃないのかしらよし殺そう』
 妖精たちがいるのは、すでに談話室の扉の前。その上のあたりの空間である。祝福の光をこぼしながら浮く妖精たちに、行きかう者たちからは好奇の視線が向けられるが、声はかからない。妖精にみだりに触れるべからず、というのは案内妖精を得て『学園』に来たものたちだからこそ骨身にしみてわかる鉄則なのだ。妖精には、時としてひとの常識が通じないからである。一息に言い放たれた言葉に、シディが羽根を取り戻すのを忘れた茫然とした表情で、へっ、と間の抜けた声をあげた。へじゃねぇよ、と微笑み、妖精はぐいぐいと羽根をひっぱる。
『いっ、いたああぁああ! ちょっ、リボンさんいたい! ほんとに痛いんですってば!』
『安心して喜びなさい。アタシは痛くないわ』
『えええぇええっ!』
 ちょっとなんですかそれどういうことですかひぎゃっ、と叫んだシディを無視して羽根をひっぱりながら談話室の中へ体を滑り込ませ、妖精は部屋を見渡せる高さで不機嫌そうに静止した。ぱたぱた、足首から先だけを動かしつつ、ソキの魔力はこの部屋から感じるんだけど、と目を細める。てちてちどんくさい足音も聞こえないし、ふあふあきゃあきゃあしている声も響いていない。アタシが来てやったんだからすぐに見つけて、あっリボンちゃんですぅー、とかなんとか呼びなさいよこれだから手間がかかるっていうのよああああホントに、と苛々しながら視線をめぐらせ、妖精はとある一角を凝視した。談話室の隅、その窓辺。ふかふかのソファに腰かけ、片手に本を持ってロゼアが読書をしていた。陽光差し込むあたたかな場所であるから、日光浴もかねているに違いなかった。
 たおやかな金色の帯が香るように降り注ぐ。ふわりと前髪を揺らす風は、彼の友人たる風の魔術師のたまご、ナリアンへの親愛のおすそわけだろう。ロゼアは不穏な眼差しで己を凝視する妖精に気が付いた様子もなく、赤褐色の視線を片手でめくる本へ落としたきりだった。その姿をどう呪ってやろうかと考えながら睨みつけ、妖精はふと、ロゼアの胸元から足元までを覆うようにかけられた毛布の不自然さに気が付き、微笑みを深くする。ひっ、とシディが悲鳴じみた息を飲み込んだのは、妖精の苛立ちが一段上になったことを感じたからだろう。
 ソキの魔力は、その毛布のかけられたあたりから感じ取れる。無言ですーっと空を泳ぎ、近づいて行く妖精の視線の先で、毛布がもぞもぞと揺れ動いた。
「ふぁ……あぁぅ。うきゅ……うぅ……?」
 呻き声と鳴き声の中間のような声をあげ、毛布の下からもぞもぞと、ソキが頭を出してのびをする。慣れた仕草で本に紐栞を置いて閉じたロゼアが、傍らにそれをぽんと置き、毛布ごとソキを抱き寄せなおした。ふあふあとあくびをしているソキは、まだ眠たそうに瞬きをしている。ソキの頭に頬をぺたりとくっつけ、ロゼアはやんわりとした声でねむいな、と言った。
「ソキ。いいよ、まだ寝てて。……どうしたの? 悪い夢でもみた? ……おいで、ソキ」
 ぎゅぅ、と抱きしめ、ロゼアの手がぽんぽん、とソキを宥めている。ねむたくて仕方がない声でソキはふにゃふにゃとなにかを訴え、ううぅ、とロゼアの首筋に頬をすりつけた。ふあ、とあくびをする吐息がくすぐったかったのだろう。肩を震わせてロゼアが笑い、ソキ、と緩んだ声が名を囁く。
「うん。もう一回寝る? まだ寝る? どっち?」
「……ねう? ですぅ……?」
「んー? ……ソキ、ソキ」
 もぞ。もぞもぞ。と毛布の中へ戻ろうとするソキにくすくすと笑って、ロゼアが静かに囁き落とす。おやすみ、ソキ。いいゆめを。ぶち、となにか引きちぎれる音がしたので、シディは遠い目をしてろぜああぁ、と吐息交じりに囁いた。
『眠る以外の選択肢が無いのはどうかと思いますよ……』
『よし殺そう』
「あれ? シディと、リボンさん」
 その手始めとして呪おう、とぶんぶん花を持った手を振りまわして準備する妖精に、シディはちいさな声でお手柔らかにお願いします、と呟いた。ちょっとした呪いくらいなら教育的指導の範疇に含まれる、かもしれない、と妖精的な判断を下した為である。えっと、と戸惑うロゼアに、妖精は微笑み、それでお前どこの骨折りたいか言ってみろ、と問いかけた。

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