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 なつのひ



 砂漠出身者は、盛夏の生活を心得ている。日が高く暑い時間帯には室内へ引きこもり、涼しくなってから外に出て、あれこれと用事を済ませてしまう。それは授業を持つ『学園』の生徒たちでも同じことで、日中はなるべく建物の中に篭り、移動は最低限。日傘や帽子で日差しを遮り、風を通す衣をゆったりとなびかせて歩く。それでも暑いのは、そもそも『学園』の建物が耐熱ではないからだ、と砂漠出身者は指摘する。
 建物はそもそも、全てが移築したものである。各国の使わなくなった兵舎、離宮、別荘などを解体するくらいならと魔術で付近の土地ごとぽんと移動させ、風化がごく緩やかになる魔術で包み込み、時には専門の職人の手を入れて手入れをしながら使っているものだ。中には避暑地の別荘も含まれるが、残念ながら気候が温暖な花舞や星降のもので、自然の厳しい砂漠や白雪の基準に耐えうるものではなかった。
 『学園』の四季は、一応流れ通りに春夏秋冬巡っていくものであるが、その豊かさは一定のものではなかった。驚くほど平坦に過ぎていく時もあれば、砂漠の者も倒れる夏があり、白雪の者さえ涙ぐむ冬もある。今年は特に暑いらしい、とソキが知ったのは、ロゼアがきびしい顔をしておそとに出たらだめだぞ、と言い置いて行った日のことだった。
 どうしても外せない特別授業の開催日に、黒魔術師たちの目は総じてしんでいた。特別措置として午前中いっぱいで切り上げられることになったとはいえ、暑いものは暑いし午前中だからといって涼しい訳では決してない為、一部からいっそソキちゃんを連れて行ってぐったりさせれば開催中止になるのではという案があがったが、ロゼアの無言の笑みにあえなく却下となった。ひんやりとした笑みであったのだという。
 かくして午前中のゆったりとした時間を、人のほぼいない談話室でアスルところころ過ごしたソキは、ざわめきが外から近づいているのを聞き留めて、ぴょこんと窓から外を見た。
「きゃぁんっ!」
 授業は早めに終わったらしい。黒魔術師や見学へ行っていた一団が戻ってくるのを見つけて、ソキはとてちて寮の玄関へ向かった。玄関は玄関であっておそとではないので、おそとに出たらだめだぞ、には含まれないのである。お迎えおむかーえー、ろぜあちゃぁーっ、とご機嫌な歌を響かせながら、ソキはそわそわと、玄関の扉をうんしょっ、と押し開けて。
 とたん、むわんっ、とした熱気に包まれて、目をぱちくりさせた。
「……う?」
 盛夏である。盛夏ではあるのだが、ソキは暑い時期の外気、というのに殆ど触れたことがない。ロゼアが外出を制限していたし、移動は建物の『扉』を伝って行っていたし、『お屋敷』は五ヵ国のどこと比べても最高水準の空調、温度管理を誇っている。暑い寒いを過度に感じることはない。
 つまり。そんなに暑い空気、というのに触れたのは、はじめてのことだったのである。当然ながらうまく理解できず、ソキはぱちぱち瞬きをして、不安げにあたりを見回した。しかし、むわむわした空気は外から流れ込んでくるばかりで、ちっともどこかへ行ってくれない。あう、うぅっ、と玄関で後ずさりをして、ソキはすすんと鼻を鳴らした。
「……ソキ?」
 ぱっと顔をあげて、ソキは玄関先で汗を拭い、首を傾げるロゼアに突進した。ろぜあちゃぁあああっ、と涙声でとてちてとろとろ駆け寄って来たソキに、だいたいのことを察したのだろう。あー、と苦笑しながらソキをぱっと抱き上げたロゼアが、落ち着かせるようにとんとん、と背を撫でてくるのに鼻を鳴らして。
 ソキは急いでロゼアにぎゅうぎゅうにひっつくと、この上なく悲痛な声でそれを訴えた。
「あついですううううっ!」
 ソキ。魔術師一年生にして、はじめて、夏がとても暑いことに気が付いた日のことである。



 あつい、あついあついです。おそと、あついあついです、と怯えてぷるぷる震えながら、ロゼアにびとっとくっついて決して離れようとしない姿からは、暑い、ということに関する説得力が多少かけていたが、まあソキだもんね、という納得を経てナリアンとメーシャには理解ができることでもあった。
「でも、砂漠って暑いんじゃないの……?」
「暑いよ。でも『お屋敷』は……『花嫁』のいる区画は特に、暑さも寒さも届ける訳にはいかないから」
 建物そのものの設計から、風の通りがよくなるよう作られているのだという。窓には幾重にも布が下げられ強い光と熱気を遮断し、床や壁には地下水が通されて涼しい空気を保つ作りになっているのだという。水は冬には温水に代わる。床も壁も、だから夏はひんやりとしていて、冬はほのかに暖かい。
 へぇ、と感心する二人に、そうなんですよぉと自慢することも忘れて、ソキはぷるぷるぴるると震えながらロゼアにくっついていた。幸い、寮は白雪の兵舎を移築したものであるから、他の建物に比べれば気密性が高く、かつ魔術で保護されている為に、室内に入ってしまえば暑さをそう感じることはないのだが。
 すこし触れた外の暑さがあまりに衝撃だった為に、あれが入って来たらどうしようです、と思って、ソキはロゼアにくっついたまま離れられないのだった。暑くても寒くても、とりあえず『傍付き』にひっついて訴えていれば、なんとかなるものである、と『花嫁』は思っている。
 ナリアンとメーシャの見た所、ロゼアは引っ付いてぴるぴる震えてぐずるソキをひとしきり堪能したのち、ほわっ、と満たされた息を吐いて。それからようやく、大丈夫だよ、と言って、ソキをひょいと抱いて膝上に座りなおさせた。
「おそとの暑いのは、ここまで来ないよ。だから、おそとには出ないでおこうな」
「ソキぜぇえええったいおそとにでないですううううううう!」
 びとんっ、とかつてない勢いで体をくっつけてぎゅむぎゅむ抱き着いてくるソキに、ロゼアはそうだなー、でないでいようなー、とご満悦である。まあこの暑さの中でソキちゃんが外に出たら倒れる未来しかないもんねメーシャくん、でも言質取ってるようにしか見えないよなナリアン、とこそこそ意見を交わし合い、ロゼアの友人たちはそれぞれに首を傾げてみせた。
「でも、そんなに怯えなくても大丈夫だよ、ソキ。寮はそんなに暑くないよ」
「あつ……? ……ううぅ、あついです。あつい、あついです……」
「うん。ロゼアにそんなにくっついてるからじゃないかな?」
 冷静に微笑むメーシャに、ソキはなにを言われているのか分かりませんとばかり、目をぱちくりさせて鼻をすすった。えっと、えっと、とロゼアに視線を向けると柔らかく微笑みかけられる。よしよし、とロゼアはソキを抱きなおし、すっと立ち上がって囁いた。
「じゃあ、食堂で氷でも貰おうな、ソキ。涼しくなるよ」
「こおり? ……いちごのあじすぅっ?」
「うん。いちごの氷、もらおうな。ソキの好きなのにしてもらおうな」
 行こう、と友人たちを誘いつつ、さっさと移動してしまうロゼアに、ソキを離すつもりはないらしかった。でも俺知ってた、俺も知ってた、と苦笑し合いながら、ナリアンとメーシャはぱたぱたと足早に、涼を求めて談話室から移動した。




 きゃぁああんいちごのこおりですうううっ、とちたぱたするソキの口元に、はい、と匙が差し出された。
「ソキ、ソキ。はい、あーん」
「きゃぁあああふにゃあああ! あーんっ! ……つめたいですううううっ!」
 もっとぉもっとぉ、とぱかっと口を開けるソキはひな鳥めいていた。ゆっくり食べような、きーんてしちゃうだろ、と囁きながらせっせとかき氷を口へ運んで食べさせるロゼアに、巣立たせる気はないに決まっていた。ぜったいシロップかけなくても甘かったよね、という表情でしゃくしゃく氷を食べるふたりに、食堂内の魔術師のたまごたちが、一斉にため息をついて同意した。

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