戻る

 おかねのかかるましょーのおんな



 月に一度、ソキの元に砂漠から荷物が届けられるのは、もはや習慣的なことだった。入学した当初こそ、ほぼ毎日、一通り物が揃ったとみなされてからは週末ごとに届けられていた『お屋敷便』は、ソキのお兄さまやりすぎですううううっ、というげきどした手紙を叩きつけられてから、世話役たちのものと一緒に月に一度に止められている。
 やりすぎ、というのは、ソキが届いた箱を開けてから珍しく笑顔のまま固まり、覗き込んでいたロゼアが額に手を押し当てて呻いた初年度秋口の便であったのだが。その中身がなんであったのか、『学園』に知る者はひとりとしていなかった。覗き込もうとしたナリアンとメーシャを遮るように蓋を閉めたロゼアが、蒼褪めた顔で受け取り拒否手続きに走った為である。
 ソキはロゼアを止めることもなく、ぷりぷりのぷくぷくに怒りに怒り、件の手紙を書いて『お屋敷』に叩きつけたのだった。ちなみに若き当主は、騒ぎを知った側近に笑顔で詰め寄られたのだという。無断であれこれ送っていたらしい。中身を問われたロゼアは困った顔をして苦笑し、ううん、と悩んでこう一言だけ零した。
「……国家予算の半分くらいかな」
「ん? なに、メーシャ」
 その時のことを思い出して呟くと、ソファの向かいからは不思議そうな視線が向けられた。メーシャはううん、と首を横に振り、視線をそのままロゼアの膝上へと流す。新入生の定位置が談話室の片隅であるのと同じく、そこを定位置としているソキは、今日も当然の顔をしてそこにちょこりと座り込んでいた。
 ふんふんと上機嫌な鼻歌が零れていくのは、今日の『お屋敷便』が届いたからである。一緒に届けられた目録に目を通していたロゼアに、ソキはきらきらそわそわした目で、ねえねえ、とぱちくり瞬きをした。
「あけてもいーい? ロゼアちゃん。ねえねえ。ねえねえ」
「うん。いいよ、ソキ」
「きゃぁーん! 今日はなにかなぁ、およふく? あくせさり? おやつ?」
 ぱかっ、とばかり両手で蓋を持ち上げるソキの膝に乗りきる、慎ましやかな大きさの紙箱である。白地に銀色の線で植物模様が描かれ、目にも鮮やかな彩色が成されている。その箱に対して、わぁ、と呆れたような、戦慄を覚えた呻きを零したのはナリアンだ。あれ高いよメーシャくん、とこそりと零される言葉に、メーシャは分かっていると無言で頷いた。
 以前、届けられる箱だけで王宮魔術師の給与一月分程度はする、と聞いていた。ちなみに、王宮魔術師は高給取りと名高い職業である。なんで箱なのにそんな値段がするのかはよく分からないが、ソキにしてみれば日常的に使うものである以上ではないらしい。ぽいっとばかり箱の蓋がソファに転がされるのに、メーシャは胃が痛くなる気分で息を吸い込んだ。
 本日届けられたものは、ロゼアが受け取り許可を下したものばかりであるらしい。ソキは目をきらきら輝かせて、大事そうに、箱の中身をひとつひとつ机に並べていく。繊細でうつくしい香水瓶がひとつ。簡素な瓶に入れられた髪油がひとつ。日持ちしそうな焼き菓子がひとつ。淡い色合いのちいさな飴が小瓶にひとつ。ぞっとするほど繊細なレースがひと巻。淡い赤の反物がひとつ。
 それぞれに、送り主の名と一言が書かれたカードがつけられていた。ソキはきゃっきゃとはしゃぎながら、メグちゃんですユーラですルゥベオです、とすっかり聞き馴染みのある名を読み上げ、最後の最後にほんとうに気乗りのしない顔と声で、おにぃさまですぅ、と言った。
「これで、ソキの、髪飾りをつくるように、です。今流行の、布のお花の飾りものです。……飾り石も入ってるです……これはこっそりしまっちゃうです……!」
「いけないだろ、ソキ」
「ふぎゃぁああんっ! ソキにはぁ、ロゼアちゃんのリボンがあるんですからぁ、お髪飾りはいいんですううううっ!」
 おにーさまはすぐ、すぐですよすぐっ、ほんとーにすぐこうやって流行だのなんだのいってロゼアちゃんのリボンをソキからとりあげよとしてすぐんもおおおおんっもおおおおっ、と怒り出すソキを抱き寄せなおして宥めながら、ロゼアの手が箱の底に置かれていたひと包みを机の上にそっと置く。ナリアンが遠い目をして沈黙し、メーシャはふふ、と思わず笑って息を吐いた。
 それはどう見ても、繊細に整え終えたちいさな宝石そのものである。黄や青、赤、透明なものなど様々な色があり、大きさこそソキの小指の先よりちいさく、風が吹けば飛んで行ってしまいそうなくらいのものであるが。一月に一度の『お屋敷便』で目が鍛えられた二人には分かってしまった。これは確実に高いし、硝子に色を付けたものでは決してない。本物の、それも最高級の宝石の欠片である筈だ。
 ちいさすぎて宝飾品そのものとしての価値は、見出すのが難しいにせよ。
「……ロゼア、これなにに使うの?」
「ん? 若様の……ソキの兄君様の指示によると、ソキの髪飾りを布で作ることになるんだけど。それに縫い付ける飾りにするようにって」
 彫金部からくすねてきたやつじゃなければいいけど、と思い悩むロゼアに、困るのはそこなんだねロゼア、とメーシャは微笑んで頷いた。ソキは瞬間的な怒りだけは収めた様子で、頬をぷーっと膨らませながら贈られてきた反物を、指先でいじいじと突っついている。お髪の飾りはいらないもん、と拗ねきった声で呟いているのに笑みが零れる。
「ソキにはいつものリボンもあるもんね」
「そうなんですぅ! このリボンはね? ロゼアちゃんが! ロゼアちゃんがソキに! ソキに! くれたおリボンなんですうううっ!」
 何度でも飽きずに自慢するソキは、そう言ってえへんとふんぞり返ってリボンを見せつけてきた。鮮やかな赤いリボンである。メーシャが知る分に、一日とてソキが身に着けなかったことのないリボンであるのだが。擦り切れたり布が疲れてしまうこともなく、独特のうつくしい光沢と風合いを保ったまま、今日もソキの髪を結んで揺れていた。
 改めてリボンを見つめて。メーシャは好奇心と、ちょっとした胸騒ぎにロゼアに視線を向ける。
「ねえ、ロゼア」
「なに?」
「このリボンも、その……すごく、高いの……?」
 ソキの身の回りにあるものは、基本的に高級品か最高級品と呼ばれるものだ。いくつかの例外があるものの、日常的に使っている石鹸ひとつでさえ、『学園』で売られているそれとは桁がふたつは違う。ロゼアはメーシャからの恐々とした問いに即答はせず、微笑みを深めてなんで、と柔らかく問い返してきた。直感的に、メーシャは確信した。
「高いんだねロゼア……」
「このあいだみたいな、国家予算じみたものではないよ。別に。それはさすがに手がでない」
「比較対象が国家予算になるリボンってなに……?」
 ぞっとしたものを感じて身を引くメーシャに、話を聞いていなかったソキは、とっちゃだめっ、という顔をして手でリボンを隠してしまった。やぅー、やうーっ、と威嚇されるのに苦笑して、メーシャはそんなことしないよ、と語り掛ける。
「ただ、どれくらいの値段がするのかなって思っただけ」
「んん……? あのねえ、メーシャくん。このお布はね、ほんとはね、ドレスを作るお布なんですよ。それでねドレスを作るとね、おうちがふたつくらいなの。だからね、ロゼアちゃんはね、ソキのリボンの分だけ買ってくれたんですううううきゃぁんきゃぁん!」
 ロゼアちゃんありがとうですっ、と頬をもにもに擦り合わせて喜ぶソキの説明に、メーシャは現実味のないものを感じて微笑みを凍らせた。家が一つではなかった所が怖いし、ソキの言うような家というのが、どれくらいの規模のものであるのかという所から考え出すとすでに恐怖しかない。そうなんだねー、とすでに異次元を見つめることにした声で、ナリアンがほのぼのと声を響かせた。
「ロゼアお金持ちだもんね」
「さすがにこれ買った時は貯金も尽きたよ……多少は借りたし、別にお金持ちって程でも」
「ソキちゃん。これとか、これ、いくらくらいするの?」
 ソキの説明があてにならないのと同じく、ロゼアの様々な基準も時としてかなりずれている。それを知っているナリアンはロゼアの微妙そうな顔を無視して、机に居並ぶ貢物の数々を指差して訊ねた。ソキはきょとんとした顔で首を傾げ、んっとぉ、とどこかしたったらずに、ひとつひとつを指差して告げる。
「これがぁ、珍しくておいしーお茶くらい。これがぁ、馬車くらい。これが、宝石くらい。それでそれで、これが、お家くらい!」
 なるほどなんにも分からない、という顔で微笑み、そっかぁ、とナリアンが頷く。分からないが、しかし、宝石とか家と同じくらい、と告げられる香水瓶や反物は尋常なものではない。そしてなによりメーシャとナリアンの笑みを深くさせるのは、似たようなものがソキの部屋にいくつすでに収められており、かつ、日常的に使われている物の中にもある、ということだった。
 現に、今日のソキが着ている服は、先月送られてきた反物から仕立てた一着である。図面はロゼアが引いて、実家が高級服飾店で、跡取りであったという先輩に頼み込んで作らせていたものだった。どうりで先輩泣いてた筈だよ、とメーシャは遠い目をする。先輩の涙と憔悴と引き換えに仕立てられた、一見普通のワンピースでどやっとばかり胸を張り、ソキは品々を前に満足げに頷いた。
「すごーいでしょー? ソキったらぁ、さすが、『最優』の『花嫁』でしょーぉ?」
「うん。ソキ、すごいな。えらいな、ソキ。えらいからぎゅうしような」
「きゃぁんきゃぁんぎゅぅー!」
 ロゼアにぴっとりくっついて頬を赤らめてはしゃぐソキに、ナリアンとメーシャは顔を見合わせて微笑み合った。まあ、ソキが嬉しそうで、ロゼアが付き返しもしないから受け取って良いもの、ではあるのだろうが。恐ろしいのはこれが先月も来たし、その前も来たし、そして来月も必ずや届けられる、ということなのだ。高給取りの一か月分の給与と、同じ値段の箱に入って。



 アスルはこの箱みっつぶんくらいなんですよぉ、とふんぞりかえって自慢されたので。ナリアンとメーシャは、もうソキにかかる総額、というものについては考えないことにした。

戻る / 関連作『真赭の帯(千様執筆)

 ←Web拍手ボタン。ぱちっと押して応援できます

 <お話読んだよ!ツイートボタン。ツイッターで読書報告できます。